昨日突然、八宝飯の記事へのアクセスが増えたので、何かなと思ったら、キューピー3分クッキングでレシピが放送されていたようです。
気になって検索した方が多かったということかなと。

中国版のおはぎ?八宝飯(パーポーファン)

八宝飯のレシピ|キユーピー3分クッキング

こういう今まで知らなかった食べ物や味が想像できない食べ物を見聞きすると私はワクワクしますし、機会があれば是非食べてみたいと思うのですが、皆さんは如何でしょう。
どういう気持ちで「八宝飯」が検索されたのかなと思って、Twitterで八宝飯というキーワードで検索してみると肯定的な意見ばかりでなく否定的な意見が結構多くて驚きました。
私はてっきり、食べてみたい!どこで食べられる?売っている?とみんなつぶやいているとばっかり思っていましたが、本当に様々でした。

そういえば以前、Twitterでフォローしている有名人が、
イギリス人とかアメリカ人でも、外国のものを喜んで食べる人というのもいるんだけど、それはどっちかというと少数派
イギリスやアメリカの超保守的な奴らは「これは変わってるわ」「何からできているの」「普通じゃないわね」と平気でいう。ちょっと食べて「わたしはいいわ」とかいう。
好き嫌い多いアメリカ人とかイギリスの年寄りとか、鍋用意してやっても、これはスープですか、スープしかないのですか、フォークとナイフでどうやって食べるのかとか怪訝な顔してちょっとつついてもういらないとか言う

中国とか台湾とか韓国とか台湾の人だと、鍋やっても「うわ鍋だ。日本式?いいいね、いいね。日本は何をいれるの?」と大喜びしてくれて食べてくれる
といったことをつぶやいていて、面白いなと思いました。
この方が今まで接した人たちがそうであったということで、きっと色々な人がいると思うのですが・・・

鍋を食べ慣れているアジアの人たちは、他人と鍋をつつくことに違和感はないかもしれないですが、そういう食のスタイルに慣れていない人は、やはり抵抗があるのでしょう。
冒頭に書いた、八宝飯も同じで、食べてみたい!作りたい!と思った人と、まずそう!こんなの食べられない!と抵抗を感じた人と。

ただ、その「抵抗がある」ということから、拒否につながるのか、でもちょっと食べてみたいという好奇心に変わるのかは、人それぞれ。
どちらが良いとか悪いとかではなく、人によってここまでは許容範囲、これ以上は無理という線引きがあるのでしょう。

子供時代の食の記憶

私はどちらかというと、子供時代に色々な味に接する機会が多かった方なのかなと思います。
幾つかの県に住みましたし、両親それぞれの故郷の食べ物、あとは、地方の物産展好きな両親が購入してきた各地の食べ物など。
外食の時は、子供心としては子供用メニューやお子様ランチを食べてみたい時期もありましたが、両親はこっちの方が美味しいのだからと言って大人と同じものを注文していました。

そういう経験があったことが大きく影響していると思うのですが、新しいもの、珍しいものを食べることにあまり抵抗はありません。
むしろ、知らないものは食べてみたい。確かに、えー!?と思ってしまうことはありますが、口に合わないかどうかは食べてみないと分からないという考えです。
見知らぬ味を食してみることで、それと共にある文化を知ったり、新しい食材の組合せのヒントになったり。

世の中にはまだまだ知らない食べ物、知っていても口にしたことがないものがたくさん。
世界の食べ物だけでなく、日本のものでも一生かかっても食べられないものがどれだけあることか。
このブログが、ちょっとでも誰かの食べてみたいかも!?という気持ちを刺激するきっかけになったら嬉しいなと思っています。