銀座シネスイッチで観てきました。初インド映画です。
 
スタンリーのお弁当箱

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インド映画は歌って踊ってというイメージでしたが、この映画はそういう部分はほぼないです。

スタンリーという少年は、ある理由でお弁当を学校に持ってくることができません。
周りのクラスの子達は、そんな彼を気遣って、お弁当を少しずつ分けてくれます。
スタンリーは遠慮しながら、みんなの好意を受け入れます。
多分、小学生の低学年なんでしょうが、みんないたずら好きだけど、優しい子ばかりです。
そんななか、1人の意地悪な先生が。
この先生、何と子供たちお弁当を目当てにしていて、休み時間にやってきては、子供の弁当を平気でガッツリ食べてしまうような人です。
子供のお弁当だけじゃなく、他の先生たちのお弁当もおすそ分けしてもらっているんですけどね。
そんなヒドイ先生は、スタンリーに自分の弁当を持ってこないやつは、学校にくるなと言い放つんです。

スタンリーをはじめ、子供達の友情、けなげに頑張る姿が印象的です。
もうちょっとあのヒドイ先生の事情にも突っ込んで欲しかったなというのはありますね。
これから見る方もいると思うので、あらすじはこのくらいで。

映画のなかには、色々なお弁当がでてきます。
日本と違うなと思ったのは、基本的にひとつのおかずがひとつの箱に入っているお弁当箱が多かったこと。
もちろん、すべてがそういうお弁当でなく、ひとつのお弁当箱にサンドイッチだけとか、ビスケットだけ、というお弁当もありましたが、多かったのは、箱が3段とか4段重ねになってるお弁当箱。
チャパティが入っている段に、カレーが入っている段、ご飯が入っている段、サブジの段。
日本のお弁当だと、ひとつの箱にご飯とおかずが複数詰合せになっているのが一般的ですが、インドではひとつの箱に詰合せはしないんですね。
インドのお弁当事情が垣間見れて楽しいです。

そういえば、小学生の頃、母が作ってくれたお弁当も小分けになっていました。
味が混ざるのが嫌だったのか、小さいタッパーウェアが何個もあって、これは何のおかずで、こっちはなんのおかず、こっちはこのおかず、と。
でも、クラスの子たちは小さなお弁当箱ひとつにご飯とおかずが入っているもの。
私のはいくつもいくつも箱が出てくるので、ものすごくからかわれた思い出があります。
小さなタッパーウェアでも数が増えれば、結果として全体量も多かったですし、毎回クラスの子達からは冷やかされたり、色々言われていましたね。
あの頃は、恥ずかしくて嫌だなとばかり思っていましたが、今考えると誰かが愛情込めて作ってくれたお弁当は本当に有難いものだと、しみじみ思います。

この映画でもお母さんが愛情込めて作ってくれるお弁当を持っていけることの有難さ、というのもポイントになっているような気がします。
そう簡単にはみんなハッピーエンドいうわけにはいかない、厳しい現実もある。
この映画をみると、次に食べる手作りのお弁当がちょっと違う思いで食べられるかもしれません。